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高尾山

暖かくなった。のんびりぶらぶらと高尾山に。ケーブル駅脇から6号路をたどる。いつもながら, 登山道も混んでいる。頂上まで1時間。山頂のビジターセンターが新しくなっていて, 山頂も混んでいた。小仏城山方向に下ったらやっと静かに。そう, こっちはケーブルカーでは帰れないからね。小仏峠まで1時間。春らしく暖かな日で, 途中から見えた相模湖も霞んでいた。峠から30分下ってバス停から高尾駅へ向かう。平日なのにバスはギューギュー。臨時便が追いかけてきて後ろを走っていた。このごろは平日なのにどこに行っても満車になることが多い気がする。同年輩の「お年寄り」ばかりで。

林試は河津桜が満開

写真はDaopi  かなりすまして写っている。お兄ちゃんのChaopiは次の機会に。 2月の林試 総時間: 9時間 総距離: 61km Activity: 12回 河津桜が満開。まわりの保育園・幼稚園の子供たちがその間を走りまわっている。でも写真は撮らなかった。どこにでもある写真にしかならず, きちんとした写真にはできそうもないので。 そういえば, このごろよく知らない人に話しかけられる。なぜだろう。この前も, 朝早い電車で丹沢に向かっていたら読んでいる本のことで隣席の女性が話しかけてきた。見るともなく見えた僕の文庫の内容が素敵だ, というのだ。めずらしいことだ。寺山修司の句が見えていたようだ。「葱坊主どこをふり向きても故郷」。書名を山手帳のページを切って書き留めてあげたらうれしそうに微笑んで受けとってくれた。 故郷を離れたことがない身からすると, 若い頃に故郷をわずらわしく思う感覚は実感はできない。でもあの女性には, きっと触れるものがあったのだろう。うらやましい。

椿

林試の椿が美しい。この時期によく思うけど,「水仙の首折れ」って季語が無いのは不思議だ。 先日, ドブリノヴのリサイタルがすてきだった。ギーゼキングのソナチネが演奏されたけど, おもしろそう。私にとっては新即物主義の100%ピアニストだったけど, フルートの曲があるのですね。村松では2,000円ほどで入手できるよう。でも, 全体的に言って「何がすてきな演奏だった」と思わせるのだろう。いや, 一番大きな要因としていう意味でだけど。

タファネル・ゴーベールの4番

河津桜が咲き始めている林試で, 日課のゆっくりゆっくり5km。遊びに来ている近所の保育園の子にもズンズン抜かれる。最初の1キロでは, いつも「今日はちょっとつらいし, 1周2キロでやめておこう」と思う。でも1周するうちにそんなことは忘れ, いつのまにか5キロになる。普段の楽器の練習でも同じだと思う。大昔, 市場先生がコピーをくださったタファネル・ゴーベールE.J.4番のスケール練習を今でも最初に鳴らす。これで, 気分が乗らない日も不思議と笛に向かうようになっていく。単純に繰り返すことの意味って, こんなところにもあるのかもしれない。 参加している管楽室内合奏団の年1回の定期演奏会が終った。録音を聴くと, やはりどうも「演奏に対する思いいれ」が強すぎ。空まわりして一段とヘタなのが露になる。クラリネットのように淡々と鳴らしたいものだなあ。他の楽器の裏にまわって響きを作っている箇所ではなかなかいい働きをしているように思うのだけど。前に出る箇所が来ると, やはりヘタ。

林試の水仙

今日は, とりわけ風が冷たかった。林試で走るコース沿いに何種類かの水仙の株があり, 12月頃から順に花を開き始める。今は紅梅も咲きだしている。 僕のスピードでは, 日々の5kmに30分ちょっとかかる。その間, だいたいぼんやり走る。たまに考え事もする。例えばfacebookのこと。どうもfacebookになじめなくなってきた。以前はtwitterのアカウントも持っていたけど, そちらは凍結したまま。気にそわない人達が盛んに利用しているのを知ったころから, いやになってfacebookが中心に。でもどうもやはり他の人が気になる。'...SOCIAL...'なのだから当然かと思いながらも, 知り合いの投稿を読めば「いいね」しなければと気をつかってしまうし, 自分で何か書けば「いいね」を無言で期待するような気もする。どうもとらわれた感じで自由ではない。今年に入ってからはこちらも見なくなっている。結局のところ, SNSが性に合わないようだ。

走り納め

今日は走り納めにいつもの5km。 今年の下半期は,ちょっと低調だった。山歩きにでかけてしまうことが多かったし,笛をいじってひねもすぐずぐずすることも多かった。でも靴を一足履きつぶしたし,1000km走ったというのだから十分だ。 上半期 下半期 通年 時間 94 68 162 距離(km) 660 415 1075 回数 133 75 208

明鏡の裏

先月はいつもほど走れなかった。朝起きて晴れあがっていると山歩きにした日が多かったこともあるかもしれない。13回走り,合計12時間で68km。マラソンを目標にしているわけでもないから別にかまわない。やがて動けなくなることは決っているのだから,動けるうちに動いておきたい。それぐらいの気持ちで走っている。笛にもプラスがあるだろう。 少年や六十年後の春の如し 耕衣 知らず明鏡の裏 何れの処にか秋霜を得たる 李白 若い頃ならもう少し軽快に走れたかもしれない。60年前のこの時も今のこの時のようだったろうが,時を経てふと鏡を見るとそこには年をとった自分がいる。自分が二人並んで写っているような感覚かな。