8月末に初めてトラヴェルソを入手した。運指も知らないのに、楽器店でちょっと鳴らしてみて出た音が気にいって発作的に購入。最初の曲は、ペトルッチにボアモルティエの「Diverses Pièces」Op.22となっている2重奏。定番の初心者用練習曲らしい。「新鮮な気持ち」で臨んだせいか、これまで疑問に思わなかった小さなひっかかりが。それは...
このようになっている楽譜で、いつもは「e」である第1線にト音記号で「g」が指定されている(この音部記号は「フレンチヴァイオリン記号」などと呼ぶらしい)。ヘ音記号として読みかえるのに慣れが必要だが、これのことではない。古いフランスものなので「イネガル」に配慮しなければならないが、それでもない。
実は、疑問に思ったのは、第2曲(②)で「2」と書いてあるのは「2/2」の意味であろう。でも、第3曲(③)で「𝇍」とあるのも「2/2」拍子の意味のはず。この二つは、どうして書き分けられているのだろう、という点だ。楽譜の同じページに出てこなかったら気づかなかったかもしれない。でも、この楽譜に関わった人たちは「2」と「𝇍」の違いを知っていた筈だ。なにが違うのだろう。
調べ始めると、これはどうも簡単な事柄ではなさそう。「𝇍」が「アラ・ブレーヴェ」と呼ばれることは、昔読んだ芥川也寸志『音楽の基礎』(岩波新書、1971)で既習。p.93だった。でも芥川先生も今回の疑問には答えてはくださらない。
これも昔読んだ『17・8世紀の演奏解釈』アーノルド・ドルメッチ著/浅妻文樹訳(音楽之友社、1966)を引っ張り出してみると、いくつか関連する記述があった。
ヘンリー・パーセルの名で出版された《スピネットのための組曲》(ロンドン、1696)の注意書きには次のようにある。
拍子には4拍子と3拍子の2種類あり、さらに、C、𝇍、𝇉の記号によって区別される。Cはひじょうにおそく、𝇍はやや速く、𝇉は速く軽快に、を意味する。いずれの場合も1小節に全音符が1個として音符の長さを測る。この基本となる全音符の長さは、中位の速さで1、2、3、4と数えるあいだ中音を持続させたときの長さである。
(ドルメッチp.38)
また、著者不明の《フルート演奏法、またはリコーダー演奏技法》(ロンドン、1700年頃)に掲載された記号表には下記のようにある。
- C: ひじょうにおそい動き
- 𝇍: やや速く
- 3: 遅く
- (ドルメッチp.39、一部記号とその意味省略)
クヴァンツ《横吹きフルートにおける指導法試論》(ベルリン、1752)からの引用を要約すると次のようになる。(書名はドルメッチp.30による。邦訳では『フルート奏法試論』などとなっている。)
種々の楽章でもっとも速く演奏される「アレグロ・アッサイ」では、パッセージは、16分音符または8分音符の3連音符からなっている。「アレグレット」では、32分音符または16分音符の3連音符が使われる。しかしこれらのパッセージは、16分音符であれ32分音符であれ、普通同じ速さで演奏されなければならないから、同じ時価の音符が一方では他方の倍の速さで演奏されるということが起こるのである。同じことが、イタリア人のTempo maggiore テンポ・マッジョーレと呼ぶ「縱線のはいった大文字のC(𝇍)」で表わされる「アラ・ブレーヴェ」についてもいえる。この場合、音符は4分の4拍子(C)の場合の2倍の速さで演奏されるのである。その結果、アレグロのパッセージが8分音符で書かれていても、4分の4拍子(C)の場合の16分音符と同じに演奏されるのである。
(ドルメッチp.43)
これらからすると、第3曲の「𝇍」は、単に2拍子であることだけでなく、"やや速いテンポで演奏する"という意味を加えているということになるか。この記号や「C」が、記譜法発達の初期に淵源を有することが『記譜法の歴史 モンテヴェルディからベートーヴェンへ』カーリン・パウルスマイアー著/久保田慶一訳(春秋社、2015)に説明されているが、私にはまだ消化できていない。
なお、第1曲で「3」とあるのは「4分の3拍子で"ゆっくり"演奏する」意味だろう。この曲は「プレリュード」で、組曲冒頭でゆったり演奏されることが多かったことに適応しているものと思われる。
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